前回のブログで、音楽教室を新たに立ち上げようとしている人は、「自らの強みに徹底的に集中し、その土地ならではのニーズを探す。」ことが重要であるとお伝えしました。しかし、この言葉は自ら事業を営んだ経験の少ない人にとっては、ハードルが高く思えるかもしれません。
そこで今回のブログから数回、もう少し砕けた内容でお伝えしようと思います。実例として私、鈴木学が鈴木サキソフォンスクールを立ち上げた際の体験を、お話しましょう。
何とかして生計を立てねば!
私はジャズサックス(サクソフォン)のプロ奏者として活動を始めた際、初めから音楽教室の立ち上げを目指していたわけではありません。むしろ楽器の演奏によって得られる収入を中心とした生活を目指していました。
ジャズ・ボサノバ、ボーカリストでもある家内(結婚当時は主に、在宅で英語翻訳の仕事をして生計を立てていました)、鈴木智香子と結婚した当時の私は、毎月、10日~15日くらいステージに上がりつつ、個人レッスン生が2、30名程度・・。そこから得られる収入は、男一人暮らしていく分には何とかなっても、家庭を持つには、かなり厳しい懐具合でした。事実、結婚後一年余りで貯えが底をつきそうになっていました。
「このままではまずい・・」、危機感を持った私は考えました。「このままバンドマンとしての収入を頼りにしていて、この先やっていけるだろうか?ライブハウス、ジャズクラブに出演していても、年々観客は減っているように思える。間違いなく『生音楽の需要は減少している』。ならば、自らが世の中から必要とされるのは・・」。ここまで考えてハタと気づきました。「教室をやろう!教師としてならば、私は世の役に立てるはず!」
・・なんて書くと、まあまあそれっぽく聞こえるかもしれませんが、要するに「他に方法が無かった」という事なのです。生活が懸かった状況になり、必要に迫られれば誰だって気づくはずです。
その時の自分にできる精一杯を!
教室を立ち上げることとし、自宅に導入済みであった2畳大の簡易組み立て防音室をレッスン室として利用することと決め、屋号を「鈴木サキソフォンスクール」と定めました。
当時すでに20名弱くらいの生徒がホームレッスンに来てくれていたので、そこまではよかったのですが、問題はここからです。世間に、教室の存在を知ってもらわなければならない、つまり宣伝が必要となります。
まずはチラシを作ろうということになったのですが(すべて家内と二人きりで決めています)、当時(今もですが・・汗)とにかく費用が捻出できなかったので、その当時としてはパソコンの扱いが堪能だった家内が、(かなり適当に)チラシをデザインし、もちろん印刷業者に依頼するお金が無かった(今のように小ロットで印刷してくれる業者が無かった)のでカラーコピーして、夫婦二人して自分たちと縁があったジャズのお店を回り、チラシを置かせてもらいました。
しかし残念ながら、チラシの効果は全く現れず(今となっては、それも当然と思えます。チラシで宣伝効果を出そうとするならば、ゼロ2桁多くの枚数をばらまく必要があったのです)、いよいよ手持ちの現金は減り(預金通帳の残高が3桁まで減っていました・・汗)、費用が掛かる宣伝はさらに不可能になる中、何とか無料で宣伝効果が出るものはないか考え、藁にもすがるような気持で、当時ようやく一般にも普及し始めたホームページの作成を決意しました。家内が(当時の私は、パソコンは全く触れなかったので・・)プロバイダーの無料テンプレートを用いて、鈴木サキソフォンスクール初のホームページを作成しました。
結果的に、ホームページを立ち上げたことが起死回生の策として大当たりしました。ここからが、長くなりそうなので、続きは次回のブログで、という事にしたいと思います。